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GATE:Modern Warfare
ゼミル
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【注意事項】
このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
【あらすじ】
男は兵士だった。
男はオタクだった。
男は厄介者だった。
男は選ばれてしまった。
男は戦い続けた。
男は生き残ってしまった。
──異世界への『扉』が男を戦場へ呼び戻す。
※ゲート 自衛隊彼の地にて斯く戦えりと某作品のクロスオー
バーです。
※短編から連載カテゴリに移動しました。
※9話更新に伴いアンチ・ヘイトタグを追加しました。
※4/28:炎龍編開始
※100万UA記念小ネタ投稿
※炎龍編完結しました。
※8/5:小ネタ追加しました。
※最終章開始しました。
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目 次
100万UA記念予告:■ATE:■■■■■ Warfare
────────────────────────────────────
1
─────────
■■■■、■してなお斯く■えり(上)
7
─────────
■■■■、■してなお斯く■えり(下)
17
─────────
妄想以外の何物でもないステータス諸々
29
────────
年末特別編:同人誌即売会にて斯く戦えり
35
Gate:Modern Warfare
───────────────
伊丹耀司戦場で斯く戦えり
43
1:Call of Duty/デイビス特派員の取材記録
────────────────────────────────────
57 2:Enemy at the Gates/皇居前攻防戦(上)
────────────────────────────────────
69
─
3:All or Nothing/皇居前攻防戦(中)
82
─────
4:Ash to Ash/皇居前攻防戦(下)
97
5:A Hero Never Dies/皇居前攻防戦(終)
────────────────────────────────────
116
───
5.5:Countermeasure/今後の方針
129
────
6: Modern Warfare/事情と対応
140
6.5:Topic of Gossip/伊丹という男(1)
────────────────────────────────────
156
───
6.75:The Alamo/伊丹という男(2)
169
───
7:Apocalypse Now/イタリカ防衛戦
182
───
7.5:The Reason/伊丹という男(3)
198
-
───────
0:Unforgiven/終結に至る死闘
215
8:Thousand Yard Stare/戦場でワルツを
────────────────────────────────────
244 8.5:The Things They Carried/帰路
────────────────────────────
258
─0.5/8.75:Tactical Logistic/転ば
────────────────────────
ぬ先の…
273
─────────
9: Paper Bomb/謀略質疑
288
9.5:Fragmentary Report/情報的包囲網
────────────────────────────
299
────
9.75:Sleepless Night/迫撃
312
─────
10:Counter Strike/容赦なく
329
10.5:The Love Punch/彼と彼女の第2章
────────────────────────────────────
345
─────────
10.75:True Grit/告白
357
10.9:Clear and Present Danger/
─────────────────────
パンドラの箱
369
──
10.99:Concourse/伊丹耀司と嘉納太郎
382
10.999:Scientia est Potentia/ピ
─────────────────
ニャ・コ・ラーダの憂鬱
394
────────────
11:BRIEFING/罪と嘘
410
11.5:THERMAE ROMAE/温泉より愛を込めて
────────────────────────────────────
421
────────────
12:1st Wave/前哨戦
440
───────────
13:2nd Wave/本格攻勢
457
-
─────
14:Final Wave/狂乱の嵐、来たる
473
───────
15:Under Siege/亜神と兵士
487
──────
16:Break Through/敵中突破
502
17:Good Night, and Good Luck/天
─────────────────────────
空の蜂
520
──
18:Run All Night/ミッドナイトラン
533
────
18.5:The Dogs of War/集結
557
───────────
19:The Raid/暁の出撃
572
─
20:Hound in the Sky/大島沖空中戦
586
20.5:Public Broadcasting/テロ、ライ
───────────────────────────
ブ
603
─
21:Crash Landing/エアポート2017
614
22:Guess Who's Coming to…/決定事項
────────────────────────────
636
────────
22.5:Plan─B/陰謀のセオリー
656
─────────────
23:Nonstop/大脱出
670
─────────────
24:Game Set/決着
690
Last(上):Executive Decision/権力者の
─────────────────────────
ゲーム
709
Last(中):There and Back Again/ゆき
─────────────────────
て帰りし物語
722
Last(下):When Soldier Comes Marc
────────────
hing Home/兵士達の行進
738
エピローグ:Welcome Back,Mr Hero.
────────────────────────────────────
755
-
番外編
───
こちらコンビニDMZ特地駐屯地支店異常なし(上)
770
───
こちらコンビニDMZ特地駐屯地支店異常なし(下)
782
Gate:Modern Warfare2 ─Dragon Ki
llers─
────────
0:Final Stand/プロローグ
801
─────
1:Brand New Day/新たなる日々
808
2:Armory & Boot Camp/兵士達の日常
────────────────────────────────────
823 3:Thing of the Past/ソルジャー・ストレン
──────────────────
ジャー・オールドマン
841
──────
3.5:Red Sparrow/女達の暗闘
854
──
4:Hunting Party/華麗なるギャツビー
864
──────
5:Night Moves/予期せぬ延長戦
875
───────
6:Trespass/真夜中のアウトロー
888
6.5:A Jewel in a Dunghill/事後処理
────────────────────────────
909
────────
7:Zero Tolerance/起爆
923
────
7.5:After Effect/最後方の戦場
940
───────
8:Ignition/ハートに火をつけて
954
────────
9:Man on Fire/英雄の条件
966
───────
10:Resolution/個人的な問題
980
────────
11:Comrades/地獄の7人+1
992
──
11.5:Change About/残された者たち
1006
─
12:Good Samaritan/荒野の7人(上)
1020
-
─────
13:God of War/荒野の7人(中)
1035
─────
14:Night Raid/荒野の7人(下)
1046
───────────
14.5:Crossing/再会
1063
──────
14.75:Informer/知識は力なり
1077
─
15:The Master Sniper/魔弾の射手
1088
────
15.5:Sin of their/功罪の行方
1107
─────────────
16:Tracer/効果判定
1118
17:May God have No Mercy/慈悲無き場
───────────────────────────
所
1133
────────
18:High Roller/一か八か
1147
──────
19:Final Round/殺されざる者
1159
────────
20:Obsession/神を縛るは…
1184
───────
エピローグ:Legend Is Born
1197
GATE:Modern Warfare3 ─Fallen Em
pire─
────
0:The Longest Day/プロローグ
1214
──
1:Black & White/旅の始まり
1220
2:A Nightmare on Sandstorm/砂塵の
──────────────────────────
記憶
1230
────
3:No Pain,No Gain/挑む者たち
1241
4: Labyrinth of the Dead/死の迷宮を
─────────────────────
突破せよ(上)
1256
5: Labyrinth of the Greed/死の迷宮
────────────────────
を突破せよ(下)
1271
───────
6:True Love/砂塵の夜に(上)
1288
-
───────────
7:Flesh/砂塵の夜に(下)
1299
──────
7.5:Backstage/もう1つの舞台
1312
8:Into the Academia/ロンデル滞在記(1)
────────────────────────────────────
1323
───────
9:Sisters/ロンデル滞在記(2)
1335
──────
10:Washout/ロンデル滞在記(3)
1351
11: Assassination/ロンデル滞在記(4)
────────────────────────────────────
1363
─────────────
11.5:SOG/過去と兵士
1376
─
11.6:Shadow Soldiers/過去の汚点
1389
11.7:The Enemy of my Enemy/呉越同
───────────────────────────
舟
1402
───────
11.8:Back to Back/戦友
1414
───────
12:The Holy Land/巡礼者
1429
─────
13:God only knows/神と人と
1439
───────
14:Going Dark/狩られしもの
1453
────────
15:Love Story/ある愛の詩
1469
─
15.5:Proof of Love/そして母になる
1486
───────
15.6:Espionnage/蠢くもの
1497
15.7:Confidential Agreement/異郷
─────────────────────────
の旧友
1509
───
15.8:False Estate/堕ちたもの達
1523
TOKYO/ALNUS WAR
────
16:GINZA Breakdown/天空の蜂
1541
17:Pale Horse Coming/レイド・オン・トー
-
─────────────────────────
キョー
1556
18:The Sins of the Father/父と子
────────────────────────────────────
1570
────
18.5:Damage Report/状況報告
1586
18.75: Information Control/思わぬ
──────────────────────────
一報
1602
────
18.9:Line of Duty/英雄の残像
1614
───
19:Evacuation Order/退却準備
1628
──
20: Rebellion Plan/反抗への階梯
1641
──────
21:The Line/翡翠宮防衛戦(上)
1656
─
22:Trial by Fire/翡翠宮防衛戦(下)
1668
-
100万UA記念予告:■ATE:■■■■■ Wa
rfare
〈2017年/????〉
藤丸立香
南極大陸/人理継続保障機関フィニス・カルデア
ゲーティアによる人理焼却は多大な被害を出しながらも人類最後
のマスター、藤丸立香と彼が率いる太古の英雄の現身たる英霊らの奮
闘によって阻止された。
──その筈だったのだ。
「これは……一体何が起きているというんだ!?」
「世界中で戦争が起きている……そんな、何で急に!」
世界中が燃えていた。
北米で、中東で、ヨーロッパで、アフリカで、アジアで。
第3次世界大戦
・・・・・・・
「これは最早国同士の全面戦争──
だ!
幾らなんでも異常だ。世界全土でこうも同時に、しかもここまで大
1
-
軍隊同士
・・・・
規模な
の戦闘が勃発するなんてありえない。
だがどうしてだ、ここまでの異常事態なのに魔術的な要素も痕跡も
一切観測できない
・・・・・・・・
だって!?」
英霊でもない。魔獣でもない。魔神でもない。魔術師も死徒も関
係ない。
国を、世界の大半を占める普通の人間達が、一欠けらも人外の技が
使われていない科学の産物によって殺し合いを繰り広げていた。
「どうにか傍受できた外部の通信やデータベースを分析した結果、現
在カルデアの外の世界がどうなっているのか僅かながら把握する事
が出来た」
中東某国ならびにワシントン上空で2度の核爆発。
ヨーロッパの複数の大都市で化学兵器テロが発生。魔術協会の本
拠地たる時計塔が存在するロンドンも広範囲が汚染され連絡不能に。
北米大陸の東海岸とヨーロッパの大部分がロシア軍によって占領
され、米軍とNATOの残存勢力が共同戦線を張って対抗するも、奪
還の目途は立っていない。
猛禽類
戦
闘
機
鋼鉄の蜂
軍
用
ヘ
リ
アメリカとヨーロッパの空を赤い星の
と
が我が物
鋼鉄の獣
装
甲
車
両
顔で飛び回り、完全武装の兵士を腹に抱えた
が陸を蹂躙す
る。
中東では反欧米主義者による軍事クーデターを発端に独裁国家が
誕生。核武装すら達成した独裁者は周辺の国々を侵略しつつあった。
様々な民族と国々が入り乱れるアフリカでは武装勢力の活動が過
激化し民族浄化……少数民族や異教徒の虐殺が続発。豊かな自然と
資源に恵まれた大地は屍山血河と化した。
アジアの地でもロシアの突然の暴挙に触発されたのか、2015年
の人理焼却以前から急速に軍事力を強化していた中国とその支援を
受けた北朝鮮も大規模な軍事行動を起こし、朝鮮半島と日本列島もま
た数十年ぶりの戦火に襲われている。
2
-
どの土地も後に残るは完膚なきまでに破壊されたかつての都と名
も罪も無き人々の躯の山のみ──
「隠していてもしょうがないから正直に教えよう。この事態に対応可
能な組織力を持つ国連や各国の関係組織、魔術教会や聖堂教会といっ
た魔術関連の組織のいずれとも連絡が取れない。
──そう、またなんだ。このカルデアは現在この世界のあらゆる組
織から孤立した状態にあるといっていい」
「そうですか──でも、だからといって」
でも・・
「そう、
だ」
それがどうした
・・・・・・・・
。
カルデアが孤立するのは初めてではない。世界崩壊規模の変異も
何度となく遭遇し──そして解決してきた。
第3次世界大戦? 世界中が戦場に? 外部の支援は何1つなし
? だからといって惨状を前に何もせずに黙って見ている理由になり
はしない。
この程度で諦め、絶望し、立ち止まってたまるものか。でなければ
世界を人理焼却から救えはしなかっただろう。
「この所長代行であるダ・ヴィンチちゃんの権限と独断で地下炉心を
再稼働させたからレイシフトする為の魔力はとっくに確保済みさ!
協会との連絡も繋がらないんだから勝手にやらせてもらったよ!」
「今回の場合はセイレムの時と同じ、同時代へのレイシフトという事
になるのでしょうか」
「そうなるね。だけど今回はセイレムの時以上に大規模かつ危険な事
態だ。誰が敵で誰が味方なのかもさっぱり見当がつかないし、相対す
る被害者の数も桁違いになるだろう。
3
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……気を付けてくれよ立香くん。今回も念の為サポートとしてマ
シュにも同行してもらう。2人とも無事に帰ってきて欲しい」
「分かっていますよ。絶対にこの異変を解決してみせます!」
「頑張りましょう、先輩!」
そして人類最後のマスターとかつて彼のサーヴァントだった少女
は再びレイシフトへ挑む。
──だが。
彼らは知らなかった。
科学の炎に覆われた世界は、魔の理を受け入れないという現実を。
「システム・フェイト発動不能……!?」
「先輩、これではサーヴァントの皆さんを召喚する事が出来ません!」
聖杯探索
グランドオーダー
此の戦いは
の為の聖杯戦争に非ず。
現
代
戦
モダンウォーフェア
一切の魔道が介在しない
也。
現代い
ま
英霊
過去の死者
英雄無き
の戦場に、
の存在は決して許されない。
──故に。
現代い
ま
世界を救おうと足掻く少年と少女の助けとなるのは、
を生きる
人々に他ならない。
「エミヤ!? でもカルデアに居るエミヤとは少し違う気が……」
「ふむ。私の記憶が正しければ君とは初対面の筈なのだが、何処かで
会ったかね?」
4
-
例えば。
故郷を奪われた人々の命をも狙う武装勢力から彼らを守るべく孤
軍奮闘する、未来の守護者の生前たる黒弓の弓兵。
「大変です先輩、あのキアラさんが普通の格好をしています!」
「あのう、初対面の方にいきなりそのような事を言われる記憶も筋合
いもないと思うのですが」
例えば。
戦火によって大切な存在を失った人々へ無償の愛と癒しを注ぐ、人
類悪の獣としての素質を秘めた聖女。
「こんな戦場のど真ん中で日本人の団体さん、しかも子供まで一緒っ
てのは珍しいねぇ」
「貴方もエミヤさんと同じ義勇軍の方でしょうか?」
「そんな大層なもんでもないさ……俺はたまたま生き残ってしまった
だけの、ただの死に損ないだよ」
そして。
世界の裏側で暗闘を繰り広げながら、たった1人の標的を
殺す事も出来ず
・・・・・・・
、散った戦友らの後を追って死ぬ事も出来ぬまま、戦
最後の生き残り
・・・・・・・
場をさ迷い歩くタスクフォース141
。
「ローチ、ゴースト、ソープ、ユーリ、プライス、ニコライ──皆死ん
じまった」
「あの日、ホテル・オアシスでマカロフを殺す最後のチャンスだったの
に俺達が失敗した結果がご覧の有様だ」
「マカロフは元の力を取り戻したどころか、より一層権力を拡大し、第
3次大戦をやり直して──今度は成功させやがった。今こうして世
5
-
やり遂げる事が
・・・・・・・
界中が戦場になっちまったのは、俺が
出来なかったせい
・・・・・・・・
なんだ」
「……それでも」
「……」
「生きてる限り、まだチャンスは残っていると俺は信じています」
「──っ、ああ、そうだな」
「生きてる限り戦い続ける。爺さん達もきっとそうしただろうさ」
FATE:Grand Warfare
亜種特異点X/人理定礎値:EX
A.D.2017 現代無限戦火 ワールドウォー3
──戦士たちの挽歌──
6
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■■■■、■してなお斯く■えり(上)
伊丹耀司3等陸尉(32歳)はオタクであると同時に自衛官である。
立派な国家公務員の端くれである以上、出向や配置転換、極稀に海
外派遣というという名目の転勤または単身赴任も、一般企業同様に当
然ながら存在していた。
国連関連機関への出向
・・・・・・・・・・
伊丹に
が下されたのは、採血やレントゲン撮
影その他諸々を含む隊内の健康診断を終えてしばらくしてからの事
である。
「そんなわけで俺しばらく海外に単身赴任する事になったから」
「はぁ!? いや単身赴任は分かりましたけど海外って。海外の何処?
場所は?」
「そこらへんはスマンが一応守秘義務って事で」
妻の梨紗にはぐらかす伊丹自身も腑に落ちない態度を覗かせてい
た。
人理継続保障機関フィニス・カルデア──上官が告げた出向先であ
る。
初めて聞く名前であった。国連の機関や部署に明るいとは口が裂
けても言えない伊丹であっても違和感を抱いてしまう程度には怪し
さが漂う。『人理継続保障機関』という機関名も何ともご大層だ。
ネットの検索でもカルデアの名前は引っかからず、辞令を告げた上
官本人もカルデアの具体的な活動内容を知らされていない様子だっ
た。
しかし上層部からの正式な辞令としての通達であるのもまた事実
である。曲がりなりにも現役の特殊作戦群隊員である伊丹を一本釣
7
-
りを実現する、それが許されるレベルの権力を持つ機関であると示し
ていた。
あまりの不審さに、普段伊丹がしでかす問題に頭を悩ませ苦虫を噛
み潰してばかりの上官ですら『何が待ち受けているか分からんから気
をつけろよ』と心配の言葉を送ってきた程である。
怪し過ぎるが正式な手続きを踏まれた辞令である以上、宮仕えの伊
丹は従わなければならない。今の伊丹に出来るのは、
(せめてネット完備でアニメやマンガを見てても御咎めのない部署で
ありますように。あと夏と冬の同人誌即売会シーズンには帰国出来
る部署でありますように。それから──)
と祈る事ぐらいだ。
「海外出張分の手当てはキッチリ出してくれるそうだが、俺が居ない
間にまたフィギュアの即売会で散在しすぎるんじゃねーぞ」
「ギクッ。こ、ここ今度は失敗しませんよーだ!」
自身の欲望に正直過ぎるせいでイマイチ信用出来ない妻に溜息を
漏らしつつ、必要な荷物をトランクケースに押し込んでいく伊丹。う
ち4分の1近くはお気に入りの薄い本やアニメのDVDである。
そんな夫の背中を、背を向ける伊丹からは見えないが思いつめた陰
のある表情で見つめていた梨紗は、おもむろに足音荒く自分の部屋に
駆け戻ると数分後、息を荒くして行き以上の勢いで戻ってきたかと思
うと、
「先輩。これ!」
「何だよ梨紗、って」
黄金色に輝く文様が
・・・・・・・・・
彼女が突き出した手に握られていたのは、
刻まれた符
・・・・・
。
8
-
「サークル仲間から貰ったんだけど、未来の道しるべ? に導いてく
れる効果があるらしいから、外国に行っちゃう先輩のお守りにちょう
ど良いかもって思って……少しは先輩の奥さんらしい事してあげた
いし」
後半は顔を赤くし、目を逸らしながらだったが、伊丹の耳に届くに
は十分だった。
「ありがとな、梨紗」
伊丹も面映そうに笑いながら、感謝の言葉を述べて黄金の符を荷物
の中へと滑り込ませる。
──これが分水嶺になると知る由もなく。
2015年のある日の事だ。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
存在目的は疑似地球環境モデル・カルデアスの観測による未来での
人類社会存続の保証。
しかし2016年に人類が滅亡する未来がカルデアスにより観測。
人類滅亡を阻止すべくカルデアは魔術教会・聖堂協会他各地より派
遣・スカウトした魔術師ならびに血液検査を経て一般公募から集めた
49名
・・・
レイシフト適性者
を滅亡の原因と推測される西暦2004年
の日本に発生した観測不能領域へと派遣し、原因を排除するプランを
実行。
だが──作戦当日。レイシフト実行直前、管制室とレイシフトルー
9
-
ム内で謎の爆発が発生。
責任者オルガマリー・アムニスフィアを含むカルデア職員、マス
ターと呼称されるレイシフト適性者の大部分が死亡または重傷、安否
不明という甚大な被害がもたらされた。
活動可能なマスターは2名。
直前のシミュレーションによる負荷で体調を崩し当時医務室へ一
般公募枠の少女、藤丸立香。
彼女に付き添う形で同じくその場を離れていた一般公募枠の自衛
官、伊丹耀司。
爆発現場に駆けつけた両名は発見した重傷の少女、マシュ・キリエ
ライトの救助を試みる最中、誤作動を起こしたレイシフトシステムに
巻き込まれ。
そして……
〈2004年〉
伊丹耀司
炎上汚染都市・冬木
一般人がまずお目にかかれないような光景や経験は何度も直面し
てきたつもりだった。
人が目の前で自殺を図る瞬間を見た事があるし、自衛隊の訓練で
様々な兵器を扱ったり、飛んでいる飛行機から飛び降りたり、災害派
遣で廃墟になった街から市民を救助したり、遺体を回収した事も経験
済みだし、今回のカルデア出向ではるばる南極大陸に上陸まで果たし
た。
だが。
10
-
「魔術だの何だのもそうだけどさ、まさか本物のファンタジーな存在
と戦う羽目になるなんてなぁ!」
燃え盛る街。
蠢く怪異。押し寄せる、肉を持たぬ動く骸骨の群れ。
ホラー映画かファンタジー映画に出てくるような存在がカタカタ
と耳障りに体を鳴らし、オレンジ色に照らされた剣や槍を手に伊丹へ
と襲いかかる。
伊丹は建物の残骸の一部らしき捻じ切れた鉄パイプを拾い上げて
何とか抵抗を試みる。
長さとしては一般的なライフルに近い。捻じ切れた部分は鋭利に
尖り、突き刺すのにも使えそうだ。バットや剣のように一端を両手で
握るのではなく中央付近で間隔を空けて構える──自衛隊おなじみ
の銃剣格闘の構え。
武骨を通り越して粗雑な、しかし肉を切り骨を断つには十分に鋭い
刃を備えた刃を、銃剣に見立てた先端で外へと受け流すと鉄パイプを
反転。顔面めがけ直突きを打ち込む。
頭部に衝撃を受けた骸骨兵はあっさりと後ろに転がる。頬骨の一
部を欠けさせた動く髑髏はやはりカクカクとぎこちなく、すぐに武器
を手に立ち上がる動きを見せた。
剣持ちを相手している間にも他の骸骨兵が伊丹を半包囲する形で
距離を詰めつつある。
武器は鉄パイプ1本、孤立して敵は多数。しかも飛び道具持ちもい
る。まさに多勢に無勢。
おまけに周囲で炎上する建物のあちこちからも、サバイバル演習で
隠れ場所に追っ手役が忍び寄って来ていた時に似た嫌な気配がした。
「よし、こういう時は──逃げるが勝ち!」
一転、回れ右して全力ダッシュでその場から逃げ出す伊丹。
11
-
幸いにも骸骨兵の足は遅く、弓持ちが逃げ出す伊丹の背中に矢を射
かけたものの、的を絞らせない為のセオリー通り右へ左へランダムに
曲がる伊丹を捉える事は出来なかった。
建物の残骸の陰からの奇襲と包囲を警戒するぐらいならと。また
炎に包囲され、熱波と煙から逃れるという意味でも、見晴らしがよく
火の気が少ない河原を目指して逃げて。
逃げて。
逃げて。
途中、人の形をした石像が幾つも立ち並んでいるのに気付いた直
後、立香とオルガマリー、デミ・サーヴァントに目覚めたという可憐
な少女に似つかわしくない巨大な盾(と何故か露出の多いレオタード
姿になった)を軽々と振り回すマシュと再会し。
そこへ新たな敵が襲いかかる。
禍々しいほどに美しく、怖気が走るほどの色気を湛えた狂ったサー
ヴァント。鎖の結界に閉じ込めてきたコイツを斃さなければ伊丹達
の命はない。
「ハアアアアァaaaaaaaaaaaa──ッ!!」
マシュが矢面に立って襲ってきたサーヴァント──ランサーの攻
撃を盾で防ぐ。護る。背後の伊丹を、立香を、オルガマリーを殺らせ
まいと立ち向かう。
成り行きでマシュのマスターとなったが魔術師としてはド素人の
立香には苦戦するマシュを見守る事しか出来ない。オルガマリーは
何度かガンド、呪いを発射する魔術で援護しようと試みるも、ラン
サーの迫力と身軽さに翻弄されて実行に移せずにいた。
伊丹も立香と似たようなもの。自衛官で立香よりも先にカルデア
入りした分だけ専門的な訓練はひとしきり経験済みとはいえ、魔術回
路の存在とレイシフト適性を除けば一般人の範疇でしかない。オル
ガマリーみたいにガンドすらまともに使えないのだ。
せめて手元に鉄パイプではなく銃があれば、と伊丹は思う。
12
-
伊丹耀司という人間は決して逃げるしか能のない臆病者ではない。
人外の存在であるサーヴァントに通用するかはともかく、転移直前ま
で死にかけていたマシュだけを戦わせて何も感じずにいられるほど
恥知らずでもない。
民を守る自衛隊員として、敵と戦う兵士として、伊丹耀司という1
人の男としての意地があった。
せめてこれぐらいはと、もしランサーの矛先がマシュから立香達へ
向いた場合に備えて警戒する。
サーヴァント同士の戦いに意識が奪われている2人と違い、サー
ヴァント以外にも骸骨兵という敵の存在を伊丹は覚えていた。そい
つらも襲ってきたらいっそ3人を川に引きずり込んで──
「────っ!!!」
それは伊丹が最初から第3者の奇襲を警戒していたからか。
あるいは選び抜かれた特殊部隊の隊員ですら翻弄する危機察知能
力の賜物か。
足音や気配、空気の震えを明確に認識して察知した自覚もなく、気
が付くと伊丹は鉄パイプをせめてもの盾代わりに、更に両腕で頭部や
心臓といった致命的な急所をガードしながら、立香とオルガマリーの
前に飛び出した。
銃で撃たれたかのような衝撃。肉が穿たれる感覚。灼熱の痛み。
黒塗りの短剣
・・・・・・
が数本、伊丹の両腕や防御から外れた肩に、切っ先が
反対側から飛び出すぐらいに深々と突き立っていた。
傷口から噴き出した血が服を汚す。腕の筋腱を傷つけられたせい
で握力が失われた手から鉄パイプが滑り落ちた。鉄パイプの一部は
楔型に抉られていた。短剣の投擲によって大きく削られたのだ。
本来投げナイフという武器は、誇張された創作の表現とは違ってこ
うも深く肉に刺さりはしないし、鉄を大きく削るほどの威力もありは
しない。
常人の範疇を超えた
・・・・・・・・・
力と術理が働かぬ限り
・・・・・・・・・・
。
13
-
「痛ってぇつかそういうレベルじゃねぇぞこれぇ!」
「伊丹さん!?」
「ちょっと何よ急に、ってこれはナイフ!? 一体どこから!?」
「──ホウ。曲ガリナリニモ、アサシンデアル我ガ奇襲ヲ、察知スル
カ」
新たな声が、ずるりと虚空から現れる。
「な、アサシンですって!?」
「ランサーだけでも手一杯なのにもう1体サーヴァントが……!」
川沿いの街灯の上に短剣を構えた黒衣に仮面のサーヴァント──
アサシンが両腕から血を流して蹲る伊丹達を見下ろしていた。
これでサーヴァントの戦力比は2対1。歯噛みしたマシュが漏ら
したように、ランサー単体だけでも不利だった状況が更に悪化した事
になる。
「ダガ、幸運モソコマデダ」
黒塗りの短剣を構えてアサシンが告げる。アサシンの言う通りで
あるのは伊丹自身も理解していた。
両腕を短剣に貫かれ、傷口からは動脈もやられたのか鮮血が噴き出
し足元に赤黒い水たまりが生じつつある状態。全身を脱力感と寒気
が支配しつつある。大量出血によるショック症状の前触れだ。
自分達を庇ったせいで伊丹に命に関わる重傷を負わせてしまった
のだと理解した立香とオルガマリーの顔から一気に血の気が引いた。
「クソッたれめ……!」
逃げる体力どころか立ち上がるだけの力すら急速に失われつつ
14
-
あっても、伊丹はそれでも立香とオルガマリーを背に、歯を食いし
ばって顔を上げた。
それこそが伊丹耀司という人間の本質。
立ち向かわなくても解決可能な物事であれば、どれだけ罵声や非難
を浴びようとも逃亡を辞さない。
だが伊丹も履修済みのとあるむせるロボアニメ曰く『逃げた先がパ
ラダイスとは限らない』。全ての物事がそれで解決出来る筈もないの
が現実だ。
逃げられないなら立ち向かう。
どこまでも易きに流されたがる矮小な精神であったならばなりふ
り構わず土下座して命乞いでもしていただろう。
伊丹はしなかった。それが答えだ。
男としての意地か。成人すらしていない少女達への危害を与えま
いという自衛隊員としての気概か。意識すら不鮮明になりつつあっ
た伊丹としては具体的な理由など今更どうでもよかった。
立て。戦え。足掻き続けろ。
誰かの叱咤の声が聞こえる。立香とオルガマリーの声、マシュの盾
とランサーの得物がぶつかり合う激しい金属音が遠のきつつあるの
に、叱りつける声だけは不思議とハッキリと胸の奥へと響き渡る。
まともに動かない筈の血まみれの手が勝手に胸元へと伸び、伊丹は
無意識に懐に収めていた物を握りしめていた。
そこにあるのは梨紗から渡され持ち歩いていたお守り。
黄金色に輝く文様が
・・・・・・・・・
刻まれた符
・・・・・
。
15
-
「呼符!? どうして魔術師じゃない貴方がそんなものを!」
伊丹の血を吸った呼符が次の瞬間金色の閃光を放ち、膨大な魔力が
渦を巻きながら集束していく。
マズい。直感的に判断したランサーが地面が砕ける程に強く踏み
込んで伊丹へ吶喊する。マシュの反応すら間に合わぬ速度で光の向
獲物伊
丹
こう側にいる
を串刺しにせんばかりの突きを放つ。
果たして。
ランサーの両腕に伝わった感触は──
16
-
■■■■、■してなお斯く■えり(下)
ランサーの両腕に伝わったのは肉を貫く感触ではなく、マシュの盾
と同等かそれ以上に強靭な分厚い鋼の硬さであった。
「こういうのはキッチリ演出が終わるまで待つのがお約束なんじゃな
いの?」
「ッ!!!」
未だ治まらぬ光芒の向こう側から聞こえた男の声にランサーの本
能が警告を発した。
本能に従い今度は大きく後方へと跳躍した直後、距離を開けたラン
サーと大盾を構え直したマシュの間にいくつかの鉄の筒が投げ込ま
れる。
呼符が放った光よりも更に眩く、同時にサーヴァント同士の激突音
よりも凄まじい轟音が河原を震わせた。同時に白煙が爆発的に広が
り、マシュや立香達を覆い隠す。
ランサー ──ギリシャ神話の登場人物の1人、メドゥーサには鉄
閃光弾
フラッシュバン
発煙弾
ス
モー
ク
の筒の正体が
と
、2種の手榴弾の同時投擲による産物
と理解出来ても警戒を強めたが為にその場から動けない。
彼女の代わりにアサシン──呪腕のハサンが動く。閃光と白煙、二
重の目潰しを受けても暗殺者のクラス故に気配の知覚に長けた彼は
躊躇いなく気配の出所めがけ短剣を投じた。
手応え──無し。煙の中から金属音。何らかの武器で弾いたか。
煙の中から反撃が飛んできた。ハサンの投擲には及ばない速度で
飛んできたそれを街灯を蹴って悠々と回避する。
その筈だった。
跳躍したハサンの足元へ到達したまさにその瞬間、砲弾が爆発しな
ければ。
17
-
「何ダト!」
何かに当たらずとも設定された目標位置に到達次第自ら起爆する
空中炸裂弾。
ハサン個人が保有する風除けの加護によって衝撃波や飛散した破
片は彼の肉体には及ばなくとも、精神的な衝撃を与えるには十分だっ
た。
動揺から復帰するまでの数瞬もまた──ハサンの運命を決定づけ
るには十分過ぎた。
「隙ありよぉ♪」
童のように無邪気な少女の声。
2つ・・
これまで存在しなかった筈の気配が
、地上と空中に居る己より
も更に上空に察知した時には手遅れだった。
生前より暗殺教団の頭目として鍛え上げ、サーヴァントとなり人外
の身のこなしを手に入れたハサンよりも更に高く、疾く。
業火の紅と煙の黒に覆われた空をバックに、人形じみた美貌とゴス
ロリチックなドレスに全く不釣り合いな巨大なハルバードを手にし
た少女が今まさに、空中で逃げ場のないハサンめがけ巨大な刃を振り
下ろす。
それはまさに死神の──
ラ・
「貴様
ハ一体──」
ハサンが末期の言葉を言い終えるよりも速く、ハルバードが暗殺者
の肉体を両断した。
「おのれぇっ!」
ランサーが殺意を露わに槍を振るうと、周囲に張り巡らされた鎖が
18
-
ひとりでに動き出し、空中のゴスロリ少女へと獲物を前にした毒蛇よ
ろしく襲いかかる。
少女は悠然と、黒く彩られた唇で笑みすら形作りながらハルバード
を振るい、いとも容易く鎖の大蛇を空から落ちたまま打ち払った。
地上の白煙の中から破裂音が聞こえ、煙幕を切り裂いて砲弾がメ
ドゥーサめがけ飛んできた。
ハサンと違い風除けの加護を持たぬ彼女は空中炸裂する砲弾の影
響をダイレクトに受けてしまうと自覚していた。舌打ちしながら大
きな跳躍を繰り返し、マシュ単騎と相手していた時とは一転して空中
炸裂の影響範囲から逃げ回る。
黒衣の暗殺者を一刀両断した黒ゴス少女は、鋼の重量物を手にして
いる事を感じさせない軽やかさでマシュの隣へと着地。
片目を隠すほど伸びた前髪の奥で驚きと困惑に目を見開きながら、
マシュはゴスロリ少女を見つめた。
外見年齢はもしかするとマシュよりも年下に見えるが、ゴスロリ衣
装よりも深い黒色の瞳からは見た目の若さに反比例した老獪な光を
帯びている。
「あ、貴女は一体?」
「説明は後回しよぉ。今は堕ちた神のなりそこないを討つのが先決。
そうでしょぉ」
「その、助けて頂けるという事は味方? でよろしいのでしょうか?」
私達・・
「そう考えてくれて構わないわぁ。
はぁその為にわざわざ呼び出
されてあげたんだからぁ」
「じゃあやはり貴女は──!」
「いっくわよぉ、合わせなさぁい!」
疑問の声を置き去りに黒ゴス少女がランサーへと突っ込んだ。慌
ててマシュも後を追いかける。
19
-
「貴女の相手はこっちよぉ!」
ハルバードの薙ぎ払いを忌々しげに顔を歪めたメデューサは受け
止める。
一見した体格差はメドゥーサが上。にもかかわらず一瞬の拮抗に
勝利したのは少女の方だ。
元来の高い筋力に加え、『怪力』という読んで字の如くのスキルにま
で昇華された膂力を持つメドゥーサすらも上回る腕力など、ドレスか
ら伸びる少女の細腕の何処に秘められていたというのか。
弾き飛ばされたメドゥーサを追って少女も跳躍。連続して振るわ
れるハルバードの軌道は洗練されていて切れ間がない。
少女に比べればメドゥーサの槍の扱いは直線的過ぎ、無駄が多い。
一歩下がった位置で機会を窺っていたマシュにはそれが理解出来た。
「得物は普通じゃないようだけどぉ、槍の扱いは二流みたいねぇ!」
「戯言をっ……!」
人間離れした美貌が憎悪に歪む。
ランサークラスで現界したメデューサが持つ武器はハルペー……
怪物
ゴルゴーン
生前、文字通りの
と化したメデューサを殺した不死殺しの刃。
己を殺した武器という因果から逆説的に与えられた神代の武器であ
る。
言い換えれば、メドゥーサにとってハルペーという武器は、
死後初めて手にした生
・・・・・・・・・・
前馴染みのない武器
・・・・・・・・・
であり。
「神から賜ったのか、奪った物かは知らないけどぉ……だったら振る
うに相応しいだけの修練を積んでから扱うことねぇ!」
何物よりも頑丈なだけに過ぎないが──肉の身体を持つ神として
1000年近く
・・・・・・・
修練と実践を重ね続けた少女に、槍の扱いに未熟なメ
20
-
ドゥーサが振るう不死殺しの刃は届かない。
少女が上方向へ跳躍した。メドゥーサの得物ごと叩ききらんとば
かりに大きくハルバードを振りかぶる。
威力と引き換えの大振りな一撃を前にメドゥーサの唇が笑みの形
に吊り上がった。わざわざ身動きが取れない宙に飛び上がるとは!
「油断しましたね!」
宙を見上げ、姿勢を建て直し刺突の構えで迎撃態勢を取る。
そこへ。
「──今です、ここっ!」
「なっ!?」
横薙ぎのシールドバッシュ。
ゴスロリ少女の攻勢を印象付け、視線を上に誘導させてから息を潜
めて機会を窺っていたマシュによる本命がメドゥーサの頭部めがけ
襲いかかる。
咄嗟に軌道上へ石突を滑り込ませるのが間に合ったのはまがりな
りにも英霊として登録されてはいないというわけか。
それでも完全に受けきる事は出来ず、メドゥーサの身体は地面と平
行にすっ飛んだ。
何度か地面でバウンドしつつもハルペーを突き立てる事で急減速
し、体勢を立て直したメドゥーサの表情はより禍々しく、忌々しげに
凶悪な顔つきへと今や変貌している。マシュ1人を相手にしていた
時の余裕は何処へやらだ。
対照的に悠然と微笑んだままのゴスロリ少女は軽やかに残心をき
めるマシュの隣へまた降り立った。
「まだまだぎこちない所はあるけどぉイイ筋してるじゃなぁい。その
調子で鍛錬を重ねれば良い戦士になれるわよぉ」
21
-
「はい! ありがとうございます!」
各々の得物を構え直して2人の少女が並び立つ。
立香、オルガマリー、そして伊丹は先程までとは一転、メドゥーサ
相手に有利に戦うマシュと謎の黒ゴス少女の姿を呆然と見守るばか
りだ。
「マシュはともかくあの英霊は何なのよ! 伊丹耀司、貴方は一体ど
んな英霊を召喚したというの!?」
「さ、さぁ。俺にも何が何だかさっぱり」
「それよりも所長、マシュとゴスロリちゃんが相手してくれてる今の
うちに伊丹さんの血を止めないと!」
「くっ、確かに今はリツカの言う通りね……!」
不明な点や疑問は多々あるが伊丹が黒ゴスサーヴァントを召喚し
たのならばマスターとなった伊丹とサーヴァントは一心同体。
サーヴァントが万全に戦うにはマスターからの魔力供給が不可欠
だ。車に例えるならばサーヴァントが車両でマスターはドライバー
兼燃料タンクであり、マスターからの燃料供給が無くなれば魔力に
よって肉体を
構築しているサーヴァントは現界を維持できず消滅してしまうの
だ。
「怪我を見せなさい。私の治癒魔術で傷を塞ぎます」
ただし既に流れ出た血までは戻せない。
出血量が致死レベルを超えていたら……口走りそうになった言葉
カルデア制服
魔
術
礼
装
をオルガマリーは必死になって飲み込む。血染めの
を
脱がせて─この場合患部周辺の服を直接切り開くのが正しいやり方
なのだが─伊丹の傷を観察する。
22
-
「あのぉ所長、それがですねぇ」
「えっ?」
拭い取られた血の下か
・・・・・・・・・・
ら現れた伊丹の肌には
・・・・・・・・・・
傷一つなかった
・・・・・・・
。
「おのれオノレおのれオノレおのれぇ!」
「貴女の相手は飽きてきたしぃ、そろそろ御仕舞いにしましょうかぁ」
サーヴァント同士の戦いはマシュを援護役に黒ゴス少女が怨嗟の
声を上げるメドゥーサ相手に優勢を保ち続けていた。
地面に足跡状の亀裂が刻まれる程の踏み込みで少女が防戦一方の
メドゥーサの懐へ突っ込んだ刹那、追い詰められていた筈の堕ちた女
神の口元が嗜虐的な笑みを描いた。
「かかりましたね!」
ギリシャ神話の女神メドゥーサ。
彼女を語る中で最も有名な逸話は毒蛇と化した頭髪に
見た物を石化させる目
・・・・・・・・・・
の存在である。
メデューサが眼を大きく見開く。
次の瞬間、黒ゴス少女の動きがハルバードを振り抜こうとした姿勢
のまま、ビデオの停止ボタンを押されたかのように突如として止まっ
てしまった。
神話の伝説にまで刻まれた石化の魔眼をランサー当人が持ってい
ない筈が無いのだ。
「あらぁ?」
石化の魔眼を浴びた少女は不思議そうに目をパチクリと瞬かせた。
「完全に石化はしませんでしたか。ですが鬱陶しいのもここまで。こ
23
-
のまま首を落としてあげますよ!」
「駄目です、やらせは──」
「貴女はそこで見ていなさい!」
マシュが助けに入ろうと試みるも、四方から飛んできた鎖に行く手
を阻まれる。
「我がハルペーは不死をも殺す魔の刃。何処の英霊かは知りませんが
──何が可笑しい」
勝利を確信した筈のメドゥーサの笑みが消える。
黒ゴス少女が滑稽な格好で動けぬままハルペーを首に添えられた
にもかかわらず、目には余裕の光を灯したまま泰然自若とした笑顔を
崩さなかったからだ。
「─────フフッ」
前のめりに大きく片足を踏み出しハルバードを振り抜く直前の姿
勢のままで硬直していたロゥリィは、唯一動く首から上をおもむろに
大きく振った。
元々不安定な姿勢だったマネキン状態の少女の体が遠心力に引っ
張られ、完全にバランスを崩し横へと倒れていく。
少女の体とハルバードが無くなって開けた視界が捕らえたのは、薄
れた煙幕の向こう側で虫けら同然のマスター達が固まっている姿と。
そして
・・・
。
ヨウジィ
・・・・
「
、後はよろしくぅ」
24
-
「ッッッッ!!!」
そもそも。
召喚直後に攻撃を受け止められた時に聞こえた声は誰だった?
閃光弾や発煙弾、空中で炸裂する砲弾を放ったのは誰だった?
目の前の生意気な黒ゴス少女ではない。
断じて違う!
最初から分かっていた筈なのだ。
アサシンに傷つけられた男のマスターが召喚したサーヴァントは
2人・・
独りではなく
──
「きさ」
おやすみ
Good Night
「
」
男の声
・・・
が最後に聞こえた。
それが彼女が聞いた最後の音だった。
……自分を撃ち抜いた弾の音は聞こえなかった。
彼・
は何時の間にかそこに立っていた。
きっと伊丹が偶然召喚に成功して光が生まれたあの時からずっと
彼はそこに居たのだ。負傷や不意の召喚、目くらましの煙や閃光弾に
伊丹達が気を取られている間、彼はずっと煙幕の中で気配を殺し機会
を窺っていたに違いない。
それはサーヴァント……人類史に名を刻んだ英雄の写し身と呼ぶ
には違和感があった。
ブッシュハットに緑の迷彩服、タクティカルベストに手にしている
対物ライフル
G
M
6・リ
ン
ク
ス
のは大振りな
。
歴史に名を馳せた昔の人物ではなく、現代の兵士そのものの身なり
25
-
をしている。彼と比べると身の丈よりも大きなハルバードを振り回
していた少女の方はゴシック調のファッションな分まだ納得し易
かった。
射撃姿勢を解くと対物ライフルは光の粒子となって消えた事で、オ
ルガマリー達は目の前の兵士もまた本当に英霊であるとの認識によ
うやく至ると同時、我を取り戻す。
「サーヴァントを同時に2人も召喚したというの?」
「ちょぉっと違うわねぇ。私はぁ本当は呼ばれてなかったんだけ
どぉ、何だか面白そうな気配がしたからぁちょちょっと割り込んで付
いて来ただ・け・♪」
オルガマリーの呆然とした呟きにランサー撃破によって石化から
解けた黒ゴス少女が答えを返してくれた。
「そこの貴女ぁ、面白い事になってるわねぇ。偽りの時代だからぁそ
のままで居られるのかしらぁ」
続けて意味深な言葉を漏らしてから次いで黒ゴス少女の視線が立
香、最後に年下の少女に抱き抱えられるような体勢で尻餅を突いてポ
カンとした顔の伊丹へと向く。
途端、少女の顔がそれはそれは愉快なものを見つけたと言わんばか
りにSっ気溢れる満面の笑顔と化した。小悪魔っぽいようで妙に迫
力を覚えるその妖艶な笑みに、向けられた伊丹の方は見惚れる以前に
ズリズリと後退してしまった位である。
「へぇっ! ふぅんそうなのそういう事ぉ。それなら納得だわぁむし
ろ納得するしかないわぁ」
「は? あの何の話でしょうか? 助けて貰っておきながら失礼で申
し訳ありませんけど、俺と貴女って面識がございましたっけ」
この世界の
・・・・・
「いいえぇその通りよぉ。
ヨウジィとはこれが初めて
26
-
よぉ」
「んん? ……『この世界』の俺?」
黒ゴス少女が笑顔のまま兵士の方へと顔を向けた。それを合図に
伊丹達へ背を向けていた兵士が振り返る。
彼は頭にブッシュハットだけでなく目から下を髑髏柄のスカーフ
で隠していた。その際、髑髏面のアサシンに危うく殺されかけた記憶
がフラッシュバックした伊丹が一瞬たじろいだり、オルガマリーが内
心ヒエッとなってチョロッとしそうになったのは完全な余談である。
ブッシュハットを外し、スカーフを首下へ引き下げる。
隠されていた兵士の素顔が露わになる。
「へ?」
「あれ?」
「はぁっ!?」
伊丹、立香、オルガマリーの口から三者三様に素っ頓狂な感嘆符が
飛び出した。
激戦の疲労に一息ついていたマシュも遅ればせながら兵士の素顔
を目の当たりにし、やはり3人と同じく目を丸くした。
2人・・
「伊丹さんが
……!?」
「お、俺がもう1人いる……だと……」
もう1人の伊丹耀司がそこにいた。
「まぁ驚くよなそりゃ。俺が逆の立場なら同じように驚いてたと思う
よ」
血染めのカルデア制服を着てへたり込んでいる方と比べると、微妙
に顔立ちが男前だったり雰囲気に男臭さが滲んでいたりするが。
27
-
苦笑したその表情と、軽く薄っぺらいようで不思議と安心感を抱か
せる声色は、間違いなく伊丹耀司その人だった。
「とと、その前にまずは御約束を守らないとな」
黒ゴス少女と並んだ英霊の方の伊丹はマスターとなったもう1人
伊丹マスター
の自分に向き直り、同じ色で同じ輪郭をした
の瞳をまっすぐ見つ
めて問う。
アヴェンジャー
・・・・・・・
「
、伊丹耀司」
「問おう、お前がオレのマスターか?」
Fate/Grand Order
─伊丹耀司、死してなお斯く戦えり─
28
-
妄想以外の何物でもないステータス諸々
【クラス】アヴェンジャー
【レアリティ】★4
【真名】伊丹耀司
【属性】中立・善
【ステータス】筋力C・耐久B・敏捷B・魔力D・幸運A+・宝具???
【クラススキル】
復讐者:C+
復讐者として人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルと
なったもの。
伊丹の場合は濡れ衣による全世界重要指名手配犯としての汚名と
敵対した各国関係者、仕事からすぐ逃げる伊丹に振り回される同僚か
らの怨嗟と怨念が主体となる。
忘却補正:B
人は多くを忘れる生き物だが復讐者は決して忘れない。
一見温和で怠惰でも、世界中を彷徨い仲間達を陥れた裏切者と世界
を戦火で染めた狂犬を討ち果たした彼もまたまぎれもない復讐者な
のである。
自己回復(魔力):D++
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。
彼は本来魔力も魔術回路も持たない人間だったが死神ロゥリィの
加護により後天的に魔力を獲得した。
29
-
単独行動:A+
元々神秘がほとんど消え去った時代の出身であり、兵士としてサバ
イバル技術を習得し大国から指名手配されながら報復を果たすまで
活動し続けたが故にこのスキルを獲得した。
戦闘以外のシチュエーションにおいて魔力消費を極限まで抑制可
能。
気配遮断:A+
復讐者と化す以前から現役の特殊部隊を動員しても尻尾を掴ませ
ぬ程に逃走術に長けていた。
実戦で磨き上げられた結果、アサシンクラスに匹敵する隠密性へ昇
華されている。
神性(偽):D
伊丹耀司は亜神時代の死神ロゥリィと契約した事により彼女の眷
属と化した。
後天的な付与という点と伊丹自身が神の眷属である自覚が薄い為
に低いランクに留まっている。
異界の寵愛::A
精霊種
ハイエルフ
人でありながら異世界の
や女神からの寵愛を手にした身故
に与えられたスキル。
精霊種
テュ
カ
女神ロゥリィ
戦闘時、彼と深い縁で繋がった
や
が顕現し能力を行使す
る。
女神ロゥリィ
また
の眷属と化した事で肉体の傷を肩代わりしてもらう……
不死身に近い驚異的な再生能力を伊丹は有している。
騎乗:B
世界の壁を越え様々な乗り物で様々な戦場に赴いた経験からこの
ランクの騎乗スキルを保有している。
ただし空を駆ける生物との相性は悪い。
30
-
【保有スキル】
逃げるが勝ち:A(自身に1ターン回避状態を付与&敵のクリティ
カル発生率ダウン)
↓幕間クリアで『英雄は死なず:EX』に強化(自身に無敵状態3
回付与&自身にターゲット集中状態2ターン付与&防御力アップ3
ターン付与&ガッツ付与&敵のクリティカル発生率ダウン)
伊丹は危機察知と回避と逃走能力に極めて優れ、世界中を転戦して
いた時期にもその才能は存分に発揮され、戦友達が次々と命を落とし
ていく中でも彼の命を生き永らえさせた。
しかし許されざる者への応報の為、戦火に巻き込まれた無辜の人々
を護る為に異世界の軍勢や神の遣いと対峙し、そして生き永らえた事
で彼は英雄と成ったのだ。
部隊指揮:B(味方全体の攻撃力アップを3ターン付与)
↓幕間クリアで『不屈の神兵』に強化(味方全体の攻撃力アップ&
毎ターンスター獲得状態&通常攻撃時、敵に火傷状態付与を味方全体
に3ターン付与)
カリスマとは似て非なるスキル。カリスマほど規模は広くないが
士官教育を受けた伊丹は小規模の部隊を的確に指揮する能力を有す
る。
『銀座事件』にて本来の指揮系統から外れた警官隊を見事に指揮し、火
計を駆使して万の軍勢を極少数で迎撃した逸話が具現化したスキル。
特殊戦:C(自身に人型特攻&自身のNP獲得量をアップを1ター
ン付与)
↓幕間クリアで『殺されざる者』に強化(自身に人型特攻&魔性特
攻&王特攻&竜特攻&神性特攻&クリティカル威力アップ&自身の
NP獲得量をアップ&弱体化解除&毎ターンHP獲得状態を3ター
31
-
ン付与)
特殊部隊で学んだ対人戦の技術でもって効率的に敵へ被害を与え
る。
万の軍勢も『彼』を殺せなかった。
世界すら炎に包む一大勢力の長でも『彼』を殺せなかった。
異界の人ならざる怪異でも『彼』を殺せなかった。
災害そのものだった炎龍ですら『彼』を殺せなかった。
神の使徒ですら『彼』を殺せなかった。
……そして敵と定めた相手を『彼』は悉く打ち倒し続けた。
【宝具】
兵は徒手にて死せず
コ
ン
バッ
ト・
ス
キ
ル
ランク:C 対人宝具
兵士は銃や刃物、重火器に戦闘車両のみならず時には素手や周囲に
存在するあらゆる物を活用し、敵を仕留める技術が求められる。
彼の場合は『銀座事件』において即席の武器や敵から奪った武器を
使って戦い抜いた逸話から、彼が武器として認識して手にした物体を
低ランクの疑似宝具として使用出来る。
ただし生前扱った武器が神秘を含まない現代兵器かそれに準ずる
代物であった為、ある狂戦士のように強い神秘を内包した敵の宝具を
支配下に置くといった事は不可能。
降り注げ、戦場の神よ
モ
ダ
ン・
ウォー
フェ
ア
ランク:C 対人・対軍・対城宝具
過去に経験した戦場において要請した砲撃支援・航空支援を再現し
指定された地点に攻撃が降り注ぐ。
兵は徒手にて死せず同様、神秘を含まない現代兵器が原形である事
から敵宝具の産物といった一定以上の神秘や魔力を含む陣地や砦に
は通用しない。
だが強固な建造物や敵部隊の撃破に特化して生み出された兵器群
32
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は、通用する存在に対して覿面に効果を発揮する。
その破壊力が生み出す光景はまさに『戦場の神』と形容されるに相
応しい被害を敵へともたらす。
戦友達よ
コー
ル
、・戦場にて今再び
オ
ブ・
デュー
ティ
(自身のスター発生率アップ&敵全体に
高レア特攻の強力な攻撃)
ランク:E〜??? 対人・対軍宝具
幾多の戦場で肩を並べ、強い絆で結ばれた戦友らを召喚し一斉攻撃
を行う。
部下
第3偵察隊
全力で宝具の真名を行った場合、異世界で率いた
、核着弾を阻
モヒカン
ソー
プ
盟友ユーリ
止した
、狂犬のかつての
、炎龍を魔弾の一撃で墜とした
老兵プライス
、
魔導師
レ
レ
イ
ハイエルフ
テュ
カ
神すら認めた
、森の守護者の
、自ら従者となった
ダークエルフ
ヤ
オ
死神ロゥリィ
、断罪の
が召喚され、銃弾と精霊魔法と死神の刃が
敵を蹂躙する。
異界の精霊種や神すら加わっての一斉攻撃は強い神秘を秘めた存
在ですら大打撃を受けるであろう。
同時に、国と組織から見捨てられた一兵士でありながら権力者・怪
異・古代龍・亜神──
地位どころか生命の種としてすら彼を超越する存在を幾度となく
打倒した逸話から、『格上相手に下剋上を果たす』という結果を実現さ
せる宝具でもある。
大軍勢を率いる英傑だろうが神話の英雄だろうが関係ない。
──応報を果たす為ならば、神様だって倒してみせる。
【ゲームキャラ的コンセプト】
HP・ATKは同レアリティ内で中の下。素の性能は低く完全に成
長するまでの道のりも遠いが代わりに成長後のスキルでぶん殴るス
タイル。
特攻が重複する相手ならクラス有利以外の格上鯖相手でも殴り殺
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せる大物食い特化型。
でも強化解除は勘弁な!
【おまけ:座に至った経緯】
英霊の座「登録してたまに仕事してくれたら現世で作者が死んで未
完に終わった名作も本人直筆で読み放題だよ!(嘘は言ってない)」
伊丹「乗ったぁ!」
ロゥリィ「ち ょ っ と 待 て (おこ)」↑あの世で思う存分
2人きりでイチャつく予定を邪魔されたので強制乱入
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年末特別編:同人誌即売会にて斯く戦えり
──きっかけは1枚の書類からであった。
「……これは何だね伊丹二尉」
檜垣三佐が目の前の部下が差し出した書類を一瞥すると、伊丹は胸
を張って堂々と答えた。
「はっ、休暇届であります! 今度の年末こそは日本に戻って過ごそ
うと思いまして」
「却下だ。君ねぇ自分の立場を理解しているのかね?」
今や色んな意味で世界中のマスコミや情報機関やテロリストから
注目されている自衛隊員である部下へ檜垣が思わずそう訊ねると、ピ
シッと伸びていた伊丹の背筋は一転へにゃりと砕け、水飲み鳥人形よ
ろしく何度も頭を下げ始めた。
「お願いですよ〜檜垣三佐ぁ。どーしても今回は年末に日本に戻りた
いんですよぉ〜。ウチの隊も休暇に入るんですし頼みますよぉ〜」
当然ながら自衛隊にも民間企業や各役所と同様に年末年始休暇は
存在する。
しかし特地派遣部隊の場合は状況があまりに特殊である。異世界
での勤務に絡む機密保持諸々の事情から、日本に戻っての外泊等は従
来の駐屯地よりも厳しい管理と申請手続きが求められているのであ
る。
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「猫撫で声を止めたまえ気色悪い! そもそも君、前回までの探査任
務の報告書や他の書類の提出が滞っているじゃないか!」
「あ、そう言われると思って溜まってた書類は全部処理しておきまし
たんで確認願います」
こんなこともあろうかと、と呟きながら休暇届の隣に書類の束を積
み上げる伊丹。
檜垣はガックリと肩を落として頭を抱えた。
この伊丹という男、普段は面倒臭がりなサボり魔な上トラブルも
しょっちゅう持ち込んでくる癖に、やろうと思えば書類仕事もきっち
り仕上げる程度の実務能力を有しているのである。最初から真面目
にやってくれればいいものを……と何度思った事か。
伊丹は云わば夏休みの大半は遊んで過ごし、終了間際に溜まった課
題をヒィヒィ言いながらギリギリで2学期の提出日に間に合わせる
学生のようなものだ。追い詰められたり逃げられない困難が立ち塞
がってようやくエンジンが入るタイプなのだろう。
ともかく、休暇届である。
受け取るべきか、受け取らざるべきか、それが問題であった。伊丹
の問題児っぷりに振り回される上司としてはあっさりと受理する気
にはなれなかったのである。
「休暇中日本に戻ってどう過ごすつもりなんだ?」
「同人誌即売会に参加します」
「……何だって?」
「年末に開催される同人誌即売会に参加するんですよ。いやぁ今回こ
そは参加しようって前々から決めてまして」
世界を救いドラゴンを倒した英雄が……同人誌即売会?
「つまりアレか伊丹二尉、君は自分の趣味の為に休暇が欲しいと」
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「その通りであります。自分のモットーは『喰う寝る遊ぶ、その合間に
ほんのちょっと人生』なもんですから」
せめて家族サービスとか、実家に顔を出すとか、もうちょっと取り
繕った理由は考え付かなかったのだろうかコイツは。
伊丹の背後では、自分の机で事務作業中だった他の幹部自衛官らが
何とも言えない表情を浮かべていたり、頭痛を堪えるかのように頭に
手を当てて首を横に振ったりしているのが檜垣の視界に入った。
きっと自分も彼らと似たり寄ったりな顔になっているに違いない、と
檜垣も思う。
檜垣の顔色の変化から、上官の機嫌が(ついでに室内の空気も)急
降下しつつあるのに気付いた伊丹は先にも増して平身低頭で懇願す
る。
「頼んます檜垣三佐! もうね、海外に居た頃なんかもう一度同人誌
即売会に参加するのを心の頼りに何とかかんとか生き延びてきたの
に日本に戻ってからもやれ機密保持だのやれ銀座事件だのでずーっ
と御預け食らってもう限界なんですよ俺ぁ!」
「…………」
「あっ、何ですかその顔。言っときますけどね、もし年末の休暇取れな
脱柵脱
走
かったら
してでも俺は行きますよ。それでも良いんですか!?」
言うに事欠いて脱走宣言である。まさか部下から脱走予告を盾に
脅迫されるなど檜垣も初めての経験だ。
宣言した伊丹の表情はそれはそれは情けないものだったが、眼光は
表情に反比例した謎の威圧感を放っていた。今の伊丹なら本当にや
りかねない、そんな据わった気配。
重ねて言うが、伊丹耀司という男は今や戦場の伝説、世界規模の英
雄である。
たとえ実情が趣味の為に上官相手に駄々を捏ねる三十路のバツイ
チであったとしても、伝説と化す以前から特殊作戦群で培ってきたス
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キルは本物なのだ。
コイツ
伊
丹
なら『門』の厳重な警備を掻い潜ってでも日本に帰還しかね
ない。
いや絶対する。そして成功させる。何せ情報公開されたTF14
1時代の記録が確かなら、この男はロシア軍に占領された戒厳令下の
都市ですら潜入を果たし、そして生還した実績持ちなのだから。
だが休暇届を受け入れて送り出したら送り出したで今度は箱根事
件の再来を招くのではないか? そんな心配があった。
休暇を与えて野に放った場合と与えなかった場合のリスクはどち
らが上か。
檜垣は悩んだ。悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩
んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩
んで悩んで悩んで─────
向こう
日
本
「頼むからまた
で騒動を起こさないでくれよ……」
頭痛に襲われ、本当に頭を抱えながらも檜垣は休暇届を受理した。
「いやったー!」
そして伊丹も文字通りその場で飛び上がり、同僚の幹部自衛官らの
呆れの視線などお構いなしに喜びを全身で表現したのであった。
で、休暇当日である。
外界と『門』を隔てるドームを通過し異世界から地球へ帰還した伊
丹はまず銀行のATMで軍資金を確保。
特地での任務中に発売されたお気に入りの漫画やライトノベルの
単行本を買い込み、苦労して確保しておいた同人誌即売会会場近くの
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ホテルへ。
そして翌朝、まだ朝日が昇らない時間帯に目を覚ました。
昨晩も確認した即売会参加に必須の装備を確認。財布よし。小銭
宝の地図
目当ての同人誌リスト
多めの軍資金よし。防寒具の準備よし。
よし。カタログ
よし。携帯食料よし。
そして忘れちゃいけない一般参加者にとって幻のお宝、出展側とし
て参加する元嫁に確保してもらったサークルチケットを大事に大事
に懐へ。
「数回ぶりの同人誌即売会……よーし楽しむぞー!」
意気揚々と部屋を出てホテルのフロントへ向かう伊丹。
……そのフロントで待ち構えている者達の存在を知らずに。
「よう梨紗、来てやったぞぉ」
「あ、先ぱ……ってえええ! 何でレレイちゃん達まで!? しかも何
か増えてる!?」
「久しぶりねぇリサぁ」
「お初にお目にかかるリサ殿」
「何大声上げてんの梨紗……え!? ロゥリィ・マーキュリー!? 本物
!!?」
「エルフっ娘にダークエルフまで!」
「ここは何時からロー〇ス島に?」
特地からの思わぬ客が梨紗達腐女子と即売会スタッフを襲う!
「ちょっとちょっと何で皆まで一緒なの聞いてないんですけど!」
「何かさ、俺が休みとって同人誌即売会に参加するのを聞きつけたら
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上司狭間陸将
しくてさ。そしたら自分達も付いていきたいってウチの
に捻じ
込んで、そっから嘉納さんが特別に許可出しちゃったみたい。わざわ
ざ先行入場用のチケットまで発行してくれたみたいだし」
「そーなんだ……」
「この際だから皆に売り子でもしてもらうか?」
「くぅっ悪魔の囁き。だが断る! これでも老舗の壁サーなんですか
らね。イケメンや可愛いコスプレイヤーの売り子頼りなポッと出同
人ゴロみたいな真似はノーセンキューです!」
「おう、その意気で頑張れ」
「あ、でもでも記念写真ぐらいは良いよね。ネットに上げたりはしま
せんから。ね? ねっ?」
そんなこんなで同人誌即売会は開場前から大騒動。
「そーそー先輩、顔バレしたらメンドそうなんでこれに着替えてきた
らどーですか? はい�